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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)8755号 判決

原告 林チヨ

原告 柏佐太一

右両名訴訟代理人弁護士 岩本宝

被告 寺田産業合名会社

右代表者代表社員 寺田徳太郎

右訴訟代理人弁護士 大崎孝止

主文

被告会社は、原告林チヨに対し金三一万二四七七円、原告柏佐太一に対し金九万円、及び以上の各金員に対する昭和三五年一〇月二七日から支払ずみまで年五分の金員を附加して支払うべし。

原告林チヨのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告会社の負担とする。

この判決は第一項にかぎり原告林チヨが金七万円の、原告柏佐太一が金三万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一  被告会社が原告ら主張のような事業を営むものであり、本件加害車を所有してこれを自己のため運行の用に供していたものであること、鈴木栄三が昭和三五年四月二〇日午後七時一五分頃被告会社所有の加害車を無免許の上酒を飲んで運転し、東京都大田区入新井四丁目六五番地先の本件交差点を東方第一京浜国道方面から西方大森方面へ向けて通過しようとした際、これより前すでに右交差点に入りこれを北方大井方面から南方蒲田方面へ向け通過しようとしていた原告柏佐太一運転の被害車の左側ボデー後部に激突し、その衝激のため被害車を進行方向左側へ約二二〇度回転せしめて約一〇メートル先の歩道に擱坐させ、被害者の助手席に同乗していた原告林チヨは車外に投げ出され激しく道路に落ち、同原告に対し蜘蛛膜下出血、前頭部裂創、左腿下部裂創、上口唇裂創、後頭部裂創、頸椎骨折、その直後意識溷濁を呈するという重傷を負わせ、被害車に対してはデフアツセンプリ、ホイル等一〇ヶ所、塗装鍍金剥離等の損傷を与えたことは当事者間に争いがない。

二  ところで、自賠法第三条は、自動車の運行によつて生命又は身体を害された場合これに起因するいわゆる人的損害についてのみ適用され、自動車の運行による物の損害についてはなお一般民法の規定が適用さるべきものであるところ、本件において原告らは右身体傷害に起因する損害のほか物的損害をも主張してその賠償を求めているのであるから、本件事故について右鈴木に過失があつたかどうかについても判断する必要がある。

しかるところ、本件加害車を運転していた鈴木は、すでに被害車が交差点に入つているのであるから、その通過を待ち安全を確認したのち進行しなければならないのに、不注意にも前方注視義務を怠り被害車を認識せずそのまま本件交差点を進行したため、本件事故を惹起するに至つたことも当事者間に争いがないのであるから、本件事故は右鈴木の過失によるものであることが明らかである。

三  さて、しからば右鈴木による本件加害車の運行は、被告会社のためにするものであり、かつ被告会社の事業の執行としてなされたものであろうか。この点につき被告会社は、鈴木は被告会社の従業員でないことはもとよりこれを運転すべき業務にも従事していなかつたとしてこれを争い、自らの損害賠償責任を否定するのである。本件における争点は、まさしくこの点にのみ存するものといつても過言ではないので、以下この点について詳細に検討することとする。

≪証拠省略≫に本件弁論の全趣旨をあわせ考えると、被告会社の代表者寺田徳太郎は昭和八年頃から寺田鉄工所という名称のもと個人で自動車及びミシン部品等の鍛造業を営んでいたが、昭和二三年これを合名会社に組織化することとし、名称を寺田産業合名会社と改め、自ら代表社員になり、妻敏子ほか十数名を従業員としていたが、昭和三五年二月頃被告会社の事業から鋼材切断の部門を分離しこれを「丸角シヤーリング」(以下丸角という)という名称のもと寺田徳太郎の個人経営とし、二、三名の従業員を雇い入れ被告会社で行うべき鋼材の切断はすべてこれにまかせ、それぞれ別個の事業として、一応各別に従業員を雇い入れていたけれども、被告会社の代表者寺田徳太郎が同時に丸角の経営主であつて、両者で半々ぐらいづつ執務する関係上被告会社の仕事が忙がしいときにはその指示により丸角の従業員が手伝いに行き、丸角で仕事の材料を運搬するには被告会社の自動車、すなわち本件加害車及び運転手を使用し、さらに丸角で運転手をやとつた後にも自動車は依然として被告会社のものを使用していたような関係にあること、被告会社では自動車を収納すべき場所がなかつたので、これを凡そ三町ほど離れた丸角の庭兼作業場に収納し、同所丸角事務所内の寺田徳太郎の机の抽出に鍵を入れておくこととなつていたが、右の抽出には鍵も何もかかつていないため何人もこれを持ち出すことができる状況にあり、現に同人不在の折でも被告会社の運転手が自由に鍵を取り出して本件加害車を運転していたこと、本件事故を起した鈴木は昭和三五年三月頃丸角の工員となつたもので、それ以前の勤務先で自動車を運転したことがあり、本件事故の頃丸角の運転手が欠勤していたため特に同人が本件加害自動車の出し入れを行つていたものであるが、同年四月二〇日午後雨のため作業を中止した後酒を飲んだ上欠勤中の運転手を見舞に行こうと考え、事務所の机の抽出の中から鍵を取り出し本件加害車を勝手に持ち出して運転した結果本件事故を起したものであることを認めることができる。右認定に反する証人伊藤晴雄の証言部分(特に加害車の鍵の保管状況につき)及び被告会社代表者寺田徳太郎本人尋問の結果の一部(鈴木には自動車をいじらせたことがない)は、他の関係各証拠と対比してみてたやすく措信することができず、他にこれをくつがえすにたる証拠はない。

右認定の事実によつて考えると、被告会社はその代表社員寺田徳太郎が経営全般についての実権を持ちかつ妻をもその従業員としているように、合名会社であるというものの、いわば同人の個人企業というに等しく、丸角は一応被告会社と計理関係を別にする別個の事業ではあるけれども同じく同人の個人企業であり、本件事故の僅かばかり前被告会社の事業の一部門であつた鋼材切断の部分を分離して独立した経営体としたに過ぎず、本件事故当時も被告会社の事業と密接一体というべき関係にあつたものであり、しかも丸角の従業員は数も少くその事業主であり被告会社の代表社員である右寺田徳太郎の指示により屡々被告会社の業務に従事していたというのであるから、たとえ丸角の従業員として被告会社から給与の支給を受けていないものであつても、事の実質から客観的にいつてこれを被告会社の従業員と同視すべきものといつてしかるべきである。さすれば、鈴木もまた被告会社の業務に従事する被用者であると認むべきである。

しかし、右認定の事実によれば、鈴木は本来工員として雇われていたものである上、本件加害車の運転が無断運転であることも明らかである。問題は、かかる自動車の運行をも、なお被告会社の自己のためにする運行又は事業の執行とみ得るかどうかにある。しかして、自賠法第三条は民法第七一五条とともにいわゆる報償責任ないしは危険責任の思想に基きこれを拡充強化したものであるから、右自賠法第三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」の「その運行」とは、少くとも自己又はその雇傭する運転者若しくは自動車の運行使用につき何らかの形で関与する者によつて自動車の運行がなされた場合を包含し、かかる者によつて自動車の運行がなされた以上、運転者の主観的な運行の目的動機にかかわりなくこれを「自己のため自動車を運行の用に供する者」の運行に該当するものと解すべきである。これを本件についてみるに、鈴木による本件加害車の運転は被告会社の指揮命令によらない無断私用の運転ではあるが、右認定の事実からすれば、同人は本件事故の頃運転者の欠勤のため従前自動車の運転をしたことのある経験を生かして本件加害車を収納場所の丸角の作業場へ出入りさせ、当時これをもその職務として担当しており、しかも加害車の運転に対する管理はさほど厳格ではなかつたことが明らかであるから、鈴木による本件加害車の運行はその主観的意図にかかわらずこれを被告会社が自己のためにした自動車の運行と認めてしかるべきである。そして、かような事実関係にあるからには、鈴木による本件加害車の運転は、その事柄自体としては被告会社の管理支配に属する範囲内の出来事であり、その職務の延長と見得べきものであるから、ひつきよう被告会社の事業の執行にも該るものというべきである。

しからば、被告会社は自賠法第三条但書の免責要件及び民法第七一五条第一項但書の免責要件を主張立証しないかぎり、身体傷害に起因する損害のみならず物的損害にもわたり本件事故により原告らが蒙つた一切の損害を賠償すべき責任を免れ得ざるものといわなければならない。

しかして、右免責要件の存在について被告会社は何ら主張立証をしていないのである。

四  よつて、原告らが本件事故によつて蒙つた損害について判断する。

(一)  原告林チヨの損害について

≪証拠省略≫によると、原告林チヨは昭和三五年四月二〇日本件事故による重傷のため直ちに事故現場に程近い牧田病院に入院加療し、同年六月二七日退院するに至つたが、その間入院治療費として金一万五一〇〇円、附添看護婦鹿島富士代に対する料金、食費、貸布団代として合計金三万一二五〇円、附添看護婦助手に対する食費共の料金として金五〇〇〇円を支出し、また本件事故の日まで山陽化成工業株式会社からプラスチツク製ボビンの仕上加工を内職として請負い、一ヶ月平均金七五〇一円(円以下四捨五入)の収入を得ていたが、退院後昭和三七年に至るも後遺症のため右内職をすることができないので、少くとも右事故の日から昭和三六年四月二〇日まで一ヶ年以上の間右収入を得ることができず、得べかりし収入合計金九万〇〇一二円の利益を失い、以上あわせて金一四万一三六二円の損害を受けたことが認められる。

原告林チヨは、右のほか右入院期間中の氷代、ガス、玉子、牛乳代、コルセツト代、昭和三五年六月二八日から三ヶ月間の通院治療交通費を支出した旨主張し、同原告の供述によれば、かかる費用を要したことを認めることができるが、その支出損害額を認めるに足りる的確な証拠は存在しない。

また、同原告は本件事故当時着用していた衣類を汚損され使用不能となつたとしてその価格である金一万円相当の損害を受けたと主張しているけれども、右衣類が本件事故により血、泥に汚染しかつ破損したであろうことは同原告本人尋問の結果及び本件弁論の全趣旨によりこれを容易に窺い得るが、その価格の点については具体的な立証が全くないので、これを認めるわけにはいかない。

次に慰藉料の額について考える。成立に争いのない甲第九号証及び原告林チヨ本人尋問の結果によると、原告林チヨは本件事故により前記一認定のような重傷を負い、当初意識溷濁の上背髄液所見血性という状態で凡そ三ヶ月もの間ギブス固定により安静加療を行つたが、左額部及び左眼下部に女性の身として堪え難い生涯消えることのない傷痕を残し、二年近く経過した後にあつても視神経異常のため疲れ易く映像が二重になり目まいを覚え、従前のように内職などをすることはとてもできず、その上右手も充分利かない状況であることが認められ、これに本件にあらわれた諸般の事情を考えあわせるならば、本件事故により同原告の蒙つた精神的苦痛は少くともその主張の金二〇万円を以て漸く慰藉され得るものと認めるのが相当である。

従つて、原告林チヨの損害は以上合計金三四万一三六二円であると認められるが、同原告は自ら自賠法による保険金二万八八八五円の支払を受けたことを自認しているので、これを右損害のうちから控除すべく、しかるときは同原告の未だ賠償を受けざる損害は金三一万二四七七円となる。

(二)  原告柏佐太一の損害について

≪証拠省略≫によると、本件被害車は原告柏佐太一が日下部電機なる電気製品の問屋から借り受けて使用していたもので、本件事故により前記一認定のような損害を受けた結果、チフアツセンプリ、ホイル外一〇ヶ所の修復調整に金七万五〇八五円、鍍金代に金一万四〇〇〇円、塗装代に金五五〇〇円合計金九万四五八五円を費してこれを修理したが、右修理代金は同原告の勤務する柏電気株式会社(代表取締役柏慶太郎)が同原告に代わつて支払い、同原告は右会社に対しこれが償還をなすべき債務を負つていることが認められる。そして、原告柏佐太一は右修理代金を支出していないといつても、これが支払をなした者に対しその償還債務を負担している以上、現に右修理代金相当の損害を受けたものというべきである。

五  してみれば、被告会社は原告林チヨに対し右認定の損害残金三一万二四七七円、原告柏佐太一に対し右損害のうちその請求する金九万円、及び以上各金員につき本訴状送達の日の翌日であることが記録に徴し明らかな昭和三五年一〇月二七日から支払ずみまで年五分の遅延損害金を附加して支払うべき義務あることが明らかである。よつて、原告林チヨの請求を右認定の限度において、原告柏佐太一の請求全部をそれぞれ正当として認容することとし、原告林チヨのその余の請求を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木醇一)

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